[スポンサーリンク]

一般的な話題

2026年、過去最大規模の「有機溶媒危機」が始まった?

[スポンサーリンク]

 

2026 年 2 月 28 日、アメリカとイスラエルがイランに対し軍事攻撃作戦を行ったことに端を発するイラン戦争は、工業や医療をはじめさまざまな分野に影を落としています。
原油輸入の生命線であるホルムズ海峡が封鎖されたことによって、原油由来であるガソリン (ヘキサンヘプタン等を含む)・トルエンキシレンや、天然ガス由来でありサウジアラビアに供給を依存しているメタノールなど、各種溶媒類の輸入・生産に多大な影響が出ています。

最初の攻撃直後の 3 月 3 日には、三菱ガス化学から以下のような通達が出されています。

2026年3月3日

 三菱ガス化学株式会社(本社:東京都千代田区、社長:伊佐早 禎則、以下、当社)は、当社が間接出資する、サウジアラビア王国においてメタノールの製造販売を目的とする「SAUDI METHANOL COMPANY」(以下、AR-RAZI社)からのメタノール供給について、状況をお知らせいたします。

  AR-RAZI社は、従業員および当社出向社員、ならびにプラントに被害がないことを確認しております。また、従業員および出向社員の安全確保を最優先にしつつ、現在まで操業を継続しております。

  しかしながら現時点では、当社が業務委託している海上運送会社の判断も含め、ホルムズ海峡の通行ができない状況であり、ペルシア湾岸に位置するAR-RAZI社が製造するメタノールの輸送に影響が出ております。現在の在庫、および他の供給ソースからの調達も含めてバックアップ手配を行うことで、日本国内向けの供給維持に努めてまいりますが、状況が長期化する場合には、調達コストにさらなる影響が出てくることも想定されます。

  当社は、引き続き現地の最新の情勢を注視しながら、関係各所と緊密に連携し、安全確保およびメタノールの供給に万全を期してまいります。

三菱ガス化学ニュースリリース/サウジアラビアからのメタノール供給状況について

また、トルエン・キシレンについては三協化学株式会社より以下のようなお知らせが出ています。

2026年3月16日

ホルムズ海峡が封鎖されたことにより、トルエンやキシレン、メタノールは出荷制限がかかり、価格が3月上旬から急上昇しています。同海峡封鎖が長期化すれば、いずれも4月中旬~5月にかけて原料が入手が困難になると考えられます。

トルエンやキシレンは、原油を精製してできるナフサを原料に作られます。日本は、原油の大半をホルムズ海峡を経由するものに頼っているため、同海峡の封鎖により供給不足と価格高騰を招いています。

NEWS/イラン情勢悪化によるトルエン、キシレン、メタノール等の品薄と代替品を解説

これらのお知らせは 3 月時点での情報であり、2026 年 4 月末ごろに影響が顕在化してきました。

既にイラン戦争に関するニュースは連日取り上げられていますので、本記事では溶媒や化成品の入手状況を、筆者の実情を踏まえてお伝えしたいと思います。

*おそらく根本的な解決策はありませんので、あくまでも 1 ラボの現状を語るものとして見てください。

化成品の出荷制限

3 月は年度末や学会ラッシュなどもあり、溶媒の購入や実験の進行などがいつもに比べて少なかったラボもあると思います。
そこで 4 月になりさぁ新年度、心機一転実験をバリバリやるぞ、と思ったところに、予想されていた供給の不安定化が現実になりました。

溶媒もさることながら、まず影響を受けたのは細胞・生物系実験に使う化成品です。
とあるブランド (安価で信頼性が高い) のマイクロチューブ、遠沈管 (コニカルチューブ)の 50 mLサイズ、ニトリル手袋なんかは、一時完全に発注できなくなりました。今は代理店によって購入可能なものもありますが、出荷制限 ( 1 度に何個など) がかかっている製品も多いようです。

医療用のプラスチック製品の需給が逼迫しているというニュースはよく耳にしますが、アッセイを行うケミカルバイオロジー・メディシナルケミストリーの研究者にとっても非常に由々しき問題です。

筆者のラボでは、懇意にしている業者さんが頑張ってくれたこともあり、うまく出荷制限のかかっていないプラスチック製品を入手でき、当面は問題なく実験を継続できそうですが、事態が長期化してしまうとそれも難しくなるかもしれません。

溶媒の出荷制限と値上がり

さて、化学系の皆様が特に関心のある溶媒に関してですが、こちらも4月後半以降出荷制限の嵐となっています。筆者が懇意にしており一斗缶単位で溶媒を注文している業者さんでも、メタノールが注文から既に2週間届いておらず (G.W.期間中は除く)、ヘキサン・アセトンもいつ入荷されるか不明な状況となっています。
アセトンは器具洗浄に使い使用量が多いので、仕方なく在庫のあった某社のアセトン一斗缶 (高純度品。低純度品は既に出荷制限) をつなぎで一缶のみ購入しましたが、価格は普段使いのアセトンの約 3 倍!とても定期購入できる価格ではありません。

さらに追い討ちをかけられたのが、汎用溶媒全般的な価格の改定 (負担増) です。某社からの通達によりますと、酢酸エチルが 55 円/kg、メタノールが 60 円/kg、トルエンが 80 円/kg、THF に至っては165 円/kg の値上がりだとのことです。メタノールの一斗缶は 14 kgなので、840 円+税の値上がりになります。濃塩酸や無水硫酸ナトリウム1本くらいは買えますね。 積もり積もるとかなり予算繰りが厳しくなってくることが予想されます。さらに入荷時期の見通しも不安定。大量に確保しようとしても出荷制限がありますし、危険物なので指定数量の問題 (貯蔵量に法的規制がある) もあります。
現在 (2026 年 5 月初頭) のところ全般的な大幅値上げを聞いたのは一社だけですが、事態が沈静化しなければ今後は各社に波及していくものだと考えられます。

筆者の大学 (学部) では卒論発表の時期や薬学部に特有の実務実習などもあり、この時期は実験量が少なくなっているのですが、それでも自身の実験すらままならず、難儀する状態が続いています。

ケムステスタッフにも聞いてみた

他のケムステスタッフの状況もいくつか入ってきています。

・ラテックス手袋が出荷制限
・セプタムキャップが出荷制限
・前年度の実績以上の溶媒出荷が不可
・プラスチック製シリンジも入らない

このような状況です。
もちろん、ラボの出入り業者によって独自のルートなどはあると思うのでどこも状況が同じとは言えませんが、このままでは徐々にどこでも同じ状況に陥っていく可能性が高いです。

おわりに

まず、尽力していただいてる代理店さんのご苦労には頭が下がる思いです、
そして学生・院生の皆さんは、これを機にラボ運営にも興味を持ち、溶媒の節約や代替溶媒の検討なども視野に入れて見てはいかがでしょうか (代替溶媒もいずれは入手困難・価格高騰になっていく可能性もありますが…)。

正直、今回の戦争はコロナ禍を上回る研究上の危機的状況だと考えられます。状況が突然改善する可能性も無くはないですが、某大統領の行動は読めませんので誠に困ってしまいます,,.。

読者の皆様におかれましては、ケムステ Slack の雑談チャンネルなどで随時情報を共有していただけますと幸いです!
筆者も随時状況をお伝えしていこうと思います。
奪い合いにならないよう、自ラボの状況を鑑みながら、皆さんが上手に研究を進めていける環境になればいいですね。

関連記事

酢酸エチルの高騰が止まらず。供給逼迫により購入制限も?
ウクライナ危機で貴ガスの価格が高騰、半導体業界も緊張高まる
ウクライナ危機と創薬ビルディングブロック –エナミン社のケースより–

関連書籍

 

Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. (+)-ゴニオトキシンの全合成
  2. うっかりドーピングの化学 -禁止薬物と該当医薬品-
  3. ラジカルonボロンでフロンのクロロをロックオン
  4. 並外れた光可逆的粘弾性変化を示すシリコーンエラストマーの開発~市…
  5. ヘテロベンザイン
  6. 個性あるTOC
  7. 東大、京大入試の化学を調べてみた(有機編)
  8. 電子のやり取りでアセンの分子構造を巧みに制御

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第23回次世代を担う有機化学シンポジウム
  2. 阪大・プリンストン大が発見、”高温”でも超伝導
  3. ターボグリニャール試薬
  4. 第10回ケムステVシンポ「天然物フィロソフィ」を開催します
  5. Carl Boschの人生 その3
  6. ペルフルオロデカリン (perfluorodecalin)
  7. 化学物質の環境リスクを学べる「かんたん化学物質ガイド」開設
  8. 書いたのは機械。テキストの自動生成による初の学術文献が出版
  9. 有機合成化学協会誌2024年9月号:ホウ素媒介アグリコン転移反応・有機電解合成・ヘキサヒドロインダン骨格・MHAT/RPC機構・CDC反応
  10. コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年5月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

世界初のPROTAC医薬、ついに承認 ―「タンパク質を阻害する」から「分解する」時代へ

2026年5月、創薬化学の歴史に残る大きな出来事が起きました。米国 FDA は、…

有機蛍光とは異なる新しい有機りん光の分子設計指針の発見

第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助…

NEDO懸賞金活用型プログラム/量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発2

「NEDO懸賞金活用型プログラム/量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発…

株式会社ナード研究所ってどんな会社?

株式会社ナード研究所は、化学物質の受託合成、受託製造、受託研究を通じて、研究開発…

付加重合でポリアミドを作る!?:多段階ラジカル異性化による新たなポリマー主鎖構築

第706回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)に所属されていた黒田啓太…

第33回光学活性化合物シンポジウム

第33回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

Carl Boschの人生 その13

Tshozoです。 少し唐突ですが最初に大事なお知らせを。世界トップの化学会社BASFがCarl…

ラングミュアの吸着等温式 Langmuir equation

ラングミュアの吸着等温式 (Langmuir equation) は、等価な吸着サイトが独立に振舞い…

【化学・食品業界向け】 蒸留による分離・濃縮をシンプルで省エネに ~無機分離膜が起こすイノベーション~

■概要ものづくりにおいて重要な分離操作。有機溶剤の混合物の分離リサイクル。水の分離(脱水…

濃硫酸の1000倍強い超酸の中でも蛍光を保ち続ける”超酸耐性BODIPY”

第705回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院(反応有機化学研究室)博士後期課程2…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP